「人間、頑張ろうぜ! 今が大事な過渡期なんだよ!」

 感情のこもった喝を入れるのは、漫画家の浦沢直樹さん。手塚治虫の代表作『鉄腕アトム』の人気エピソード「地上最大のロボット」を原作とした漫画『PLUTO(プルートゥ)』では、人間と高性能ロボットが共生する社会をサスペンス作品としてリメイクし、国内外で漫画賞を受賞するなど、社会的に大きな話題となっています。
 進歩し続ける科学技術と、それを扱う人間性の危ういバランスについては、作品の中でも描かれてきました。

「より豊かな生活のために、科学や技術が進歩すること自体は、とてもいいことだと思います。しかし、技術が進みすぎると、いつしか人間の想像していたラインを超えて、『便利』が『危険』にすり替わってしまうと思うんです」
 事実、理論物理学者のロバート・オッペンハイマーは、革命的とも言える原子爆弾を生み出し、一時は大きな喜びに包まれました。しかし、日本に原爆が投下されると、想像をはるかに超えた被害を目の当たりにして、大きな苦しみに苛(さいな)まれました。
 「科学や技術の進歩は決して悪くはありません。問うべきは、これらを使う人間のほうです。あらかじめ危険性も予測して、対応策を練っておく。そして、必要があれば開発や使用を止める。そういった正しい判断ができるように、次は人間が進化する番だと思います」

 科学技術と人間の複雑な関係を踏まえて、葛藤をはらむリアルな近未来を『PLUTO』に描いた浦沢さん。「僕に明るい未来を語らせるのは難しい」と前置きしながらも、浦沢さんなりの明るい未来を迎えるヒントを教えてくれました。それは「空想」することです。

「憧れの未来」を空想せよ

 「実は、僕たちが暮らす今の世界は、かつて手塚先生が描いた未来予想図のオマージュなんです。高層ビル群に電気自動車、インターネットは生活必需品になっているし、宇宙ビジネスでは火星への進出も検討されています。これらはすべて、手塚先生の未来予想図に憧れた人々が、それを実現するために努力してきた結果だと言えるでしょう」
 今を生きる私たちには、後世の人々が憧れるような未来を空想する必要があるのだと言います。ただし、「進化した文明や科学に人間が寄りかかっているのも事実です。手塚先生はそこも予想していたから、あえて危険性もエッセンスとして漫画に取り入れていたのでしょう」と声を沈めます。

 「空想はすべての人に平等で、しかも際限なく広げられ、コントロールも個人に任されています。だから、誰もが笑顔で過ごせる未来に近づくためには、正しい方向に空想を広げないといけません」

空想し、描きとめることで明るい未来を実現する

 大人の中には、「空想なんて、とてもできない」と思う人もいるでしょう。それでも、「空想は誰でも、いつでも、どこでもできます」と浦沢さんは言います。
 大人が空想するには、新しい刺激に触れること。そして、「心を動かすトレーニング」が重要だと浦沢さん。新しい何かに触れ、少しずつ自分のストライクゾーンを広げていくことで、自然とモノの見方やとらえ方が変化していくと言います。
 「泣いたり、笑ったり、心を動かすトレーニングを続けていくと普段なら素通りしてしまう事柄にも興味が湧き、毎日が楽しくなるアイデアの種を見つけられるかもしれません」

 その後は、思い切って漫画を描いてみる。紙とペンさえあれば、いつでも、どこでも、誰でもできる、手軽な遊びです。
 「できれば、『今年の夏休みの予定』のように、実現できたらいいなと思えるような、楽しい空想がいい」

 「日本を代表するロックミュージシャンの忌野清志郎さんは、子どもの頃に自分のバンドが売れる空想をして、それを絵や漫画に残したと聞きます。そして、空想通りの成功を収めたそうです。もちろん、予想外に立ちはだかる大きな壁に、動揺したこともあったでしょう。でも、目指したいゴールがはっきり見えていたから、子どもの頃に思い描いた『明るい未来』をつかめたんだと思います」

 「ささいなことでも、書き残して実行に移す。それを一人ひとりが繰り返していけば、社会全体も変化していくはず。飢えや戦争で悲しむ人がいない世の中も夢ではありません」と、笑顔の語り口がいつしか真顔に。

 「いつか、生きることへの不安がなくなり、庭で花が咲くのを楽しみに待つような日が来るといいなと思います。 〝明日、庭の花のつぼみが咲きそうです〟。そんな何げないことがニュースの見出しになったときが、平和の訪れの合図なんだと思います」

©浦沢直樹/長崎尚志/手塚プロダクション(小学館)