「人間の心や愛情のように、数字では測れないものを建築の主たるテーマにできないだろうか」。こんな思いを胸に、ユニークなプロジェクトを次々と手がけているのが、気鋭の建築事務所「o+h」(オー・プラス・エイチ)を共同主宰する大西麻貴さんと百田有希さんです。
2人が思い描くのは、存在そのものが価値となるような「生き物のように愛される建築」です。建築は機能を満たすだけの存在ではなく、「たたずまいの自然さや、『呼吸する建築』のような環境性能をどう求めるか、さらにその場所で建築をどう育てていくかなど、生き物としてとらえることで建築のさまざまな可能性が広がると考えています」と大西さんは語ります。
特定の個人に向き合うことがインクルーシブデザインの出発点
生き物のように愛される未来の建築にとって、重要になるのは「インクルーシブ(包摂的)デザイン」という考え方だと2人は言います。「人口減少で小さくなった社会で、どうすればより楽しく、より豊かになれるか。そこでは、一つのものに多重の意味を見いだすことが大事になるでしょう」と百田さん。
障がいの有無にかかわらず多様な人たちが利用する空間として開けば、その場所にそれぞれが魅力を発見し、さまざまな価値観が重なり合っていきます。多様な価値観全体を包み込んでいくことがインクルーシブなデザインにつながります。誰もが使いやすいことを目的にしたユニバーサルなデザインとは逆に、特定の個人に向き合うことがインクルーシブデザインの出発点。たとえば、半身が動かない人のために一緒に開発したポシェットが、授乳中の女性にとっても使いやすいものになるように、「『特定の誰かのため』から出発した解決法を、さまざまな人と共有することで、輪が広がっていくように社会全体が包摂されていくイメージ」です。
こうした2人の考え方を体現した作品の一つが、2022年に開館した山形市南部の児童遊戯施設「シェルターインクルーシブプレイス コパル」 です。二つのドーム型の屋根が連なったこの施設はスロープで結ばれ、車いすで移動できるだけではなく、思わず走り出したくなるような雰囲気を作り出しています。開放的につながった体育館や遊戯室で、子どもたちは思い思いの「遊び」を体験できます。
設計前から施主や運営者、施工業者、地元の人たちも交えて、コパルをどんな場所にしたいか、インクルーシブの理念に基づいて徹底的に議論したうえで建設され、完成後も設計者として運営にも関わっています。「作り上げるプロセスから完成後のプログラム作りに至るまでのソフト面も考える。そうすることで、建築は人間と有機的な関係を結べる存在になっていくのでは」と大西さん。
バラの気持ちになって考えたデザインは、人間にも心地よい!?
41年に向けて、2人が設計したい夢のプランは、未来の「みんなのすまい」だそうです。それは小さな街のようでもあり、ある種の理想郷のような場所。
人々のくらしの変化とともに建築の姿も変わっていきます。大家族から核家族化を経て、将来はさらに個人単位の生活が進むと予想されますが、「そこでは家族とは違った新しいつながりが生まれているかもしれません」と百田さんは想像します。
ご近所の人たちが、子どもの面倒を見てくれたり、お年寄りの介護を手伝ってくれたり、若者が部屋をシェアできたり……そんな助け合いが自然と生まれる住まいのかたち。「そうした関係性を築くためには、どんな空間が求められるのか、手がけてみたいですね」
そこは性別や年齢、国籍も障がいの有無も貧富の差も関係なく、動物も植物もすべてが共生するインクルーシブな場所です。「そんな世界で感じる居心地のよさや快適さってどういうものだろう? 子どもたちならどう考える、動物ならどう感じるだろうと想像するとワクワクしてきます。たとえば、バラの気持ちになって考えてデザインした庭が、人間にとっても信じられないほど居心地のいい場所になるかもしれませんよ」と大西さんは笑います。
あらゆる立場を想像して考えたことが重なり合っていくことで、機能性や効率性だけではない建築の新しい風景や美しさ、価値観が生まれるのかもしれません。「そんな空間をデザインするだけではなく、私たちも住人として暮らしながら、コミュニティーの運営にも携わっていくような建築家でありたいです」
建築には建築家の思いや社会の価値観が映し出され、そこを利用する人々の心や考え方にも影響を与えます。2人が思い描く未来には、人間も動物も植物もすべてが開かれつながった、多様性にあふれた世界を象徴した「まち」が、風景の中にやさしく溶け込んでいることでしょう。