味覚・嗅覚(きゅうかく)・聴覚・触覚・視覚などの感覚が敏感すぎて、日常生活で困りごとが生じる感覚過敏。加藤路瑛さんは、「騒がしい場所が苦手」「味や匂いに敏感で、給食がつらい」などの症状に幼い頃から悩まされてきました。「当時は自分の状態をうまく言葉にできなくて、ただ『いやだ』『帰りたい』としか言えず、周りからなかなか理解されなかったのもつらかったですね」
中1のときに感覚過敏という言葉を知った加藤さん。自分の困りごとを解決しようと、13歳で「感覚過敏研究所」を立ち上げました。「旅先の名物も食べたら気持ち悪くなりそうだからやめておこうとか、映画に誘われても頭が痛くなりそうだから行かないとか、今やりたいことをあきらめるのはもう嫌だったんです」
「感覚過敏を理由にやりたいことをあきらめなくていい社会をつくりたい」と、感覚過敏の啓発、商品やサービスの開発・販売、研究の三つの事業を軸に展開してきました。まずは「感覚過敏を知ってもらうこと」を目標に、スタートから5年。感覚過敏の当事者や家族が集うオンラインコミュニティー「かびんの森」の登録者は千人を超え、SNSのフォロワー数も2万5千人を超えるまでになりました。
2041年に向けては、「五感にやさしい空間創造」を進めていきたいと考えています。「たとえばアメリカではNBAのアリーナに静かな空間で観戦できる『センサリールーム』がありますし、大手スーパーではお店の照明や音楽を控えめにする『クワイエットアワー』を毎日一定時間設けています」。日本でも次第に注目されはじめていますが、「感覚を刺激する情報にあふれている都市部では、感覚過敏でなくても安らげる空間、静かな場所が必要になるはずです」。感覚過敏研究所では実現に向け、都内で、照明の色を変化させ落ち着くことのできるセンサリールーム、カームダウンスペースの実証も行いました。感覚特性に限らず、それぞれの人が自分にとって快適に過ごすことができる場所の実現に向け動き出しています。
感覚過敏の課題解決にあたり、加藤さんが常に意識しているのが「誰かの快は誰かの不快になりうる」ということ。「聴覚が過敏な人にとっては街の音がすべて消えたら快適かもしれないけれど、目が見えなくて音を頼りにしている人にとっては不便ですよね。だからこそ、課題解決には個別のカスタマイズが必要なんです」
街全体、空間全体ではなく、個人の感覚を調整できるデバイスや医薬品の開発を目指しています。「つらい症状をなくせる薬があったら、匂いや味、感触など小さな違いを感じ取れる過敏さはむしろ才能になるかもしれない。過敏さをボリュームのように自由に上げ下げできるデバイスがあれば、感覚過敏の人のくらしは快適になるし、そうでない人もVRやゲームで感じる感覚をより刺激的にすることができます。感覚過敏の課題解決を通して、すべての人々の生活を楽しく、豊かにすることにつながる商品やサービスを41年には完成させたい」
デバイスが特別なものから、メガネくらいありふれたものへと認識が変わる頃には、感覚過敏という言葉はなくなっているだろうと加藤さんは予想します。「マイノリティーかマジョリティーかに関係なく、お互いの違いを『個性だよね』と認め合える。そんな未来を実現したいです」