未来空想新聞2041年(令和23年)5月5日(日)

荒廃地を「食べられる森」に

全国で住民主体の再生進む

 関東最大級の規模を誇る「食べられる森 かながわ」の運営が今月始まった。横浜市内の工場跡地を、地元品種の野菜やきのこ、柿などの果樹が年間を通して収穫できる森に整備した。隣接する菜園スペースは、野菜を育てるほどカーボンクレジットを取得できるなど環境貢献が実感できる農園として人気が高く、抽選倍率は16倍に。個人や団体が共同で森を所有することもめずらしくなくなった。

 全国に広がる「食べられる森」は、かつて社会問題だった荒廃地や空き地を再生させ、利活用するために2020年代の後半から国と民間が協力して整備を進めてきた。35年に制度化された政府の自然再生助成金も後押しとなり、荒れた土地を森に再生することがビジネスチャンスとして注目を集めている。

 助成金の導入から5年あまり。各地で住民主体のグループが立ち上がり、「食べられる森」は全国で300カ所を超え、都市部の工場や団地の跡地などにも拡大。リジェネラティブ(環境再生型)の取り組みが浸透し、農林水産省は「食べられる森は食料自給率の改善や劣化した土壌の再生に大きく貢献している」と発表した。

 「食べられる森 かながわ」のデザインは、地域住民が森林再生師・田中わかばさん(37)と対話しながら整備を進めた。土壌汚染の進んだ土地に植物を育て、徐々に土地を回復。地域で消費される野菜を栽培できるまでになった。農業や食、学びやレクリエーションなど森が持つ多様な価値を感じられる場所だ。

 国内では5年前から環境の再生と循環を起点に社会を考える「リジェネラティブ思考」の授業が中学校で必修化された。「食べられる森」は、環境と経済を両立させたリアルな循環型社会を体験できるとして教育現場からも関心が高い。地元の中学生が中心となって、獣害が問題となっていたシカやイノシシから新たな郷土料理を作る活動に取り組む森もある。

 田中さんは言う。「森林国の日本には、森を活用してきた歴史の蓄積があります。森が持つ多様な価値を世界に広めていきたいです」

(取材協力・監修=サーキュラーエコノミー研究家・安居昭博さん)




安居昭博さんのインタビュー

「課題のすべてが可能性になる」この思考が経済を変えていく

 空想記事「荒廃地を『食べられる森』に 全国に広がり300カ所」は、サーキュラーエコノミー研究家・安居昭博さんへの取材を参考に作成しました。リジェネラティブ(環境再生)やサーキュラーエコノミー(循環型社会)の国内外における取り組みに精通し、自身も京都でプロジェクトを手がける安居さんに、今後ますます注目されるその概念と日本ならではの可能性について聞きました。

 大量生産や大量消費、それに伴う大量廃棄。従来型の経済や暮らしの見直しが進んでいます。そのなかで注目されているのが、経済効果と環境負荷軽減の両立を目指すサーキュラーエコノミーと呼ばれる経済システムです。リサイクルやアップサイクルの取り組みはすでに私たちの身のまわりに数多くありますが、サーキュラーエコノミーは一体どんな特徴があるのでしょうか。

 「これまでのリサイクルやアップサイクルは、大量生産型ですでにでき上がった製品を延命させようというアプローチで、これでは最終的に処分されてしまいます。一方、サーキュラーエコノミーは、廃棄物を出さないことが前提でビジネスモデルや商品デザインが設計されます。初めの段階から資源の回収や再利用の仕組みづくりが行われる点で予防的側面があり、対処療法的であった従来のリサイクルやアップサイクルとは異なる経済の形です」

 英国の推進団体は、サーキュラーエコノミーの3原則として「廃棄物と汚染を生み出さないこと」と「製品や素材を流通・循環させること」に加え、「自然を再生させること」を提唱しています。廃棄が生じない循環の仕組みづくりを行いつつ、自然再生が重要なポイントです。

 「現状維持という意味合いでの持続可能な取り組みでは、いま失われている自然は将来も失われたままです。「自然を再生させること」は「リジェネラティブ」とも言われ、人間活動で積極的に環境に働きかけることでマイナスをプラスに転じさせ、次世代により良い状態を残そうとするのが特徴です」

新しさに勝る「再生」の価値

 世界のリジェネラティブな取り組みとして、安居さんがまず挙げたのはアウトドアブランドとして人気を誇る一方で、多様な環境活動で知られる「パタゴニア」のビールづくり。干ばつで作物が育たなくなった米国のある土地の再生手段としてビールのビジネスに辿り着き、深く根を張って水分や養分を保持する小麦「カーンザ」を植栽。その小麦でビールづくりに取り組むことで土地は養分を取り戻し、今では他の作物がつくれるほどに肥沃な土地に回復したと言われています。

 注目の取り組みは、日本にも。京都の衣類ブランド「MITTAN(ミッタン)」は、天然素材や染色方法にこだわり、着古した先まで見据えています。「使用済みの商品でも、購入時の20%の現金で買取を行っています。その商品は社内のリペアチームが染め直しや修繕を行い、再び店頭に並べられます。手間を掛けてでもリペアされることで一点ものの付加価値が出るため、品物によっては新品より高い価格で再販されたとしてもすぐに売れてしまうほどの需要があるそうです。かっこいい修理を施すことで元よりも価値が増す。まさに衣類の金継ぎだと思います。サーキュラーエコノミーでは、ハードとソフトの両面で商品の使用後(=End of Use)の仕組みを整えることが重要であり、「MITTAN(ミッタン)」はその代表例だと思います」

 「MITTAN(ミッタン)」によると、修理や染め直しのサービス利用者は年々増加傾向にあり、収益構造の多角化にもつながっているそう。また「MITTAN(ミッタン)」のようにサーキュラーエコノミー型のビジネスに取り組む企業は、近年コットンや麻などの原料調達価格は高騰傾向にあるため、使用済み衣類を回収し、修理・再販売を行うモデルの方が長期的には調達コストやリスクを抑え、新しい収益源を生み出すとして注目されているそうです。

 これは衣類業界だけではありません。電子機器や建材など分野を問わず、幅広いメーカーで使用済み製品を回収し、再資源化する動きが見られていると安居さんは言います。

 「従来のようなバージン素材(未使用の原材料)か新しい潮流のリサイクル素材か、この選び方が変わってきています。10年ほど前からヨーロッパのメーカーの多くは、『まだ今はリサイクル素材が高いと感じても、今後、リサイクル素材のコストは技術革新によって下がり、むしろ安定調達できる見込みだ。』と早くからバージン素材よりもリサイクル素材を使用する体制を築いてきました。その見通しが当たり、現在では多くの分野でバージン素材に比べリサイクル素材の方がコストを抑えられ、安定調達も可能になってきています。日本企業にもこうした短期だけでなく長期的視野からも現在のビジネスを再考する姿勢が必要だと思います」

実は資源にあふれている日本 幸せに向かうアクションを

 資源不足、あるいは人口減などによる国力低下。将来社会への不安を感じる人は少なくないでしょう。しかし、安居さんは「日本は可能性に満ちている」と力強く語ります。

 「サーキュラーエコノミーやリジェネラティブの視点に立つと、日本ならではのたくさんの可能性が見えてきます。サーキュラーエコノミー型では、従来の人口増加に頼らない新しいビジネスモデルが見えてきます」

 世界共通語「モッタイナイ」が生まれた日本で、リジェネラティブな仕組みはどのように広がっていくでしょうか。

 「サーキュラーエコノミーやリジェネラティブは地域に根ざしたビジネスモデルと相性がいいと思います。例えば、僕が拠点としている京都では、17年ほど前に工場跡地に木を植え始めた老舗の活動が、いまでは立派な森に成長し、市民に開放されるリジェネラティブな取り組みが行われていたり、地元銀行に設置された古着の回収ボックスが1万人ほどの市民が集う「循環フェス」というイベントのきっかけになっていたりします。僕自身も和菓子屋さんの製造過程で発生する副産物やロス食材を活用するサーキュラー型のお菓子ブランドを立ち上げました。地元の福祉作業所に製造してもらい、販売しています。サーキュラーエコノミーの視点では、地域の課題が可能性に、悩みの廃棄物が宝のような資源に見えてくると思います。市民、企業、行政の間に新しい繋がりが生まれ、若い世代がチャレンジしやすい地域になってきていると思います」

 「フランスなどではサーキュラーエコノミーやリジェネラティブの教育も生まれてきており、日本でも経験的に学べる科目として広まってほしいです。今後日本で築いた先進的モデルから海外の国が学ぶこともあり得ると思います。オランダでは『learning by doing(やりながら学ぶ)』ことを大切にしています。最初から100%でなかったとしても、できることからやってみること。それを周囲が支え、何度も再チャレンジしやすい社会を築いていきたいですね」

  • 安居昭博
    YASUI Akihiro

    1988年生まれ、京都市在住。ドイツ・キール大学「Sustainability, Society and the Environment」修士課程卒業。京都市委嘱 成長戦略推進アドバイザー。21年日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。22年には京都の老舗商店や福祉作業所と連携して規格外品などを用いた菓子を製造・販売する「八方良菓」を創業。著書に「サーキュラーエコノミー実践 オランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」

    やってみたいことは、確かでなくともまずやってみること。「Learning by doing(やりながら学ぶ)」!