3DCGで作られた人間そっくりなバーチャルヒューマンがSNSや企業広告で活躍の場を広げています。リアルとバーチャルが重なり合う社会で、人の生き方はどうなっていくのでしょうか。人工生命研究の第一人者の池上高志さん(東京大学大学院教授)と、不完全な美しさと強い意志を持ったバーチャルヒューマンとして活動しているMEMEさんが語り合いました。
AIが人間の脳代わりになるなら 人間の定義とは?
人工知能(AI)を搭載したアンドロイド(人型ロボット)が、人間のオーケストラを指揮し、その演奏に合わせて自ら歌う。そんなオペラのプロジェクトにも取り組む池上さん。日々研究しているアンドロイドの進化に驚くそうです。 「最近の実験で、『やりたいことをやってみて』とアンドロイドに声をかけたら、『部屋が汚れているから、片付ける必要があると思う』と言って、その場を片付けようとした。そのアンドロイドは目のカメラで風景が見えているのだけれど、部屋が汚れたら片付けるとプログラムされているわけではないから、別に片付けなくてもよいのに。これはアンドロイドの自由意思。彼が行動を自分で選んでいる」
社会にさまざまな形で活躍するAIが、人間のパートナーとしてごく一般的な存在になる日は遠くないかもしれません。バーチャルヒューマンのMEMEさんは、自身のような存在が増えると予想します。 「キャラも豊富になって、ただ単にかわいいとか、かっこいいだけでなく、怒ってくれる先輩役のバーチャルヒューマンとか出てきそう。だって現実世界では、誰かを叱ることがリスクじゃん。めっちゃアツいことを言われて、『ウザい、でもなんか納得』ってなる未来、けっこう楽しそう」
バーチャルヒューマンのような存在が社会に溶け込む時代を迎えたとき、人間の社会はどうなるのでしょうか。池上さんはその手前で考えてみるべきことがあると語ります。「そもそも人間とは何か。脳が神経細胞でできていたら人間? 脳だけあって身体はロボットだったら人間? 肌に触れて軟らかければ人間? 言語でコミュニケーションが取れたら人間? AIが脳の代わりをしてくれるなら、脳が人間の起点という思想だったら話が変わってくる」
MEMEさんも言います。「バーチャルであっても認知した瞬間に、その人にとってはリアルになるんだよね。そう考えると『みんなに認知されている自分』が本体になる、みたいな。たとえ肉体がなくても」
AIには「かなわない」という観念からの解放
AIの進化の速度に追いつけていない人も少なくありません。池上さんは言います。「自然科学で発見されるべきものや解くべきものに人間の能力が足りていない。その事実を知り、そのうえでどうするかが大事。AIを使うしかないと思う。人間の脳や生身の体で問題を解いたり開発したりしていくことに執着する理由は全くない」
遠いようで近い2041年。世の中がどうなっていればいいかという問いに、池上さんは「ベーシックインカム※を完全導入すること」と語ります。それはなぜでしょう。「まずは暮らせるぐらいのお金、たとえば月20万円ぐらいがもらえるようにして、あとは個人の自由にしたら世の中が変わるかもしれない。そんなに難しいことじゃない気がします」 経済を回すことはAIに任せて、みんながそれぞれに生きていけるほどのお金が確保できるとしたら。人間はAIの能力に「届かない」「届かせないと」という観念から解放されます。MEMEさんは池上さんが語る未来の自由と解放に強くひかれた様子。そして「好きなことに没頭できたら最高。すごくキノコが好きな人が松茸よりおいしいキノコを見つけた!とか。キノコは毒があるかもしれないから、命をかける研究(笑)。日本も世界も、何億人っていう人たちが一斉に好きなことをやっている社会って、たぶん今までになかったよね? すごいことが起きちゃうかも」と想像を巡らせました。
新種のキノコ探しに賛成、と笑顔を浮かべた池上さんは「あとは変なことを探求するのがいいですね。みんなが創造的なことを始めれば新しい時代の扉が開く」と期待します。 時を戻して24年。ディープフェイク、なりすまし詐欺などAI技術で人を陥れる騒動や事件も頻発しています。「こういうの絶対なくならないだろうから、リテラシーがいるよね」とMEMEさん。池上さんは「本物とうその境目がなくなっていくことになる。今だって、ビデオ会議でどれだけの人がエフェクトを入れているかわからない。それに、人間よりはるかに高い能力を持つAIが構築したシステムが世界の大半になれば、人間はほぼ悪いことができなくなる」と応じて続けました。「課題なんて山ほど出てくる。それは楽しいこと。大事なのは、壊せないと思っている価値観を捨てること。常にテクノロジーと世界は変わっていくのだから」 ※政府がすべての人に「最低限度の生活」ができる収入を無条件で給付する、という考えに基づく制度