視覚障がい者、自動運転で世界一周
「英語の機械翻訳や対話型AIの進化には驚くばかり。障がい者も健常者と同じ速度で情報収集でき、職域の拡大につながるでしょう」と語るのは、情報技術者で日本科学未来館の館長でもある、浅川智恵子さん。自身が視力を失って課題に感じた、「情報」と「移動」にアクセスする支援技術を、40年近くにわたり研究開発しています。
「多様な人々が日々ぶつかる困難や経験から、科学技術イノベーション(社会を変えるような革新的な技術)が生まれてきました。『少数派』の経験にも役割があり、社会のレジリエンス(回復力)を高めるのに役に立てる。そこから生まれる技術や価値は、少数派のものだけではなく、社会全体の基盤にもなりうるのです」
浅川さんがイメージする2040年は、人々の心に「多様性が自然に受け入れられる時代」です。そこでは、さまざまな人々の選択肢を特別扱いせずに、進化し続ける技術と共に誰もが能力を発揮できる社会が実現しているでしょう。たとえば、全盲の子どもでも自然なプロセスで普通の学校に入学して学習できるようになることを期待していると言います。
さらに、言語の壁や障がいの有無などが技術によって解消されることで、人間が他者に対して持つ無意識の偏見もなくなっていく。そんなポジティブな未来も不可能ではありません。「技術に対する期待と脅威が入り交じった時代、AIの言うことが適切なのかを人間が判断する能力を身に付けることが必要です。そのためにも技術をおそれず積極的に活用していくことが必要です」と話します。
「日本では新しいテクノロジーに対して『何かがあったらどうするのか』という議論が先に立ってしまい、試しに使ってみることすらままならないのが現実です。『どうやっていくかみんなで考えよう』というマインドチェンジがなければ、イノベーションは起こりません」
浅川さんは、多様性が特別ではないことを、自身の経験と科学技術を通して社会に示していこうとしています。「私にはそのミッションがあります」「あきらめなければ道はひらける。全盲になったときは今の自分を想像すらしていませんでした。2040年には自動運転車に乗って世界一周の一人旅をする私を空想します。いろんな国の人と会話をして、視覚障がい者が世界中の風景をどこまで見ることができるようになるのか、今から楽しみです」
浅川智恵子
ASAKAWA Chieko- 日本科学未来館 館長、IBMフェロー。1958年、大阪府生まれ。プールでの負傷が原因で14歳のときに失明。85年に日本IBMに入社後、デジタル点字システムや、音声ブラウザー「ホームページ・リーダー」を開発。現在は視覚障がい者向けナビゲーションロボット「AIスーツケース」の研究開発に取り組んでいる。