若い世代の活躍が著しいスポーツ界において、スポーツクライミングを牽引(けんいん)する女子選手が森秋彩さん。小学1年のときにクライミングに魅了され、12歳で出場した全国大会で歴代最年少優勝を果たしました。その後も、国内外で好成績を重ねてきましたが、実は人知れずクライミングをやめようかと悩んだ時期がありました。
「大学受験の準備やコロナ禍の影響もありましたが、周囲の期待や優勝へのプレッシャーからクライミングをする意味がわからなくなりました。好きで始めたのに、いつからか義務感でクライミングをしていたんです。登ることが全然楽しくなくて、クライミングから離れることにしました」
「このままやめてもいい」と思って練習を中止した森さん。しかし2週間後、「早く登りたくて、体がソワソワしだしました。久しぶりに登ってみると、すごく楽しくて。やっぱり私にはクライミングが必要だと気づきました」
記録を気にせず自由に登っているうちに、それまでのもやもやがうそのように晴れていき、次第に試合の刺激が欲しくなったと言います。そして、3年ぶりにワールドカップへの出場を決意。「楽しむことだけを考えて挑んだら、結果的に優勝することができました。このときに、『まっすぐな気持ちが大事』だと思いました」
誰のためでもなく、自分のためにクライミングに挑戦する。楽しみながら登る姿や限界を超えてもなお壁を登ろうとする姿が、見ている人に感動を与え、その気持ちが拍手喝采となって返ってくる。たとえライバルであっても、あっと驚くプレーや圧巻のプレーを披露されたら、素直にほめたたえる。それが、本来のスポーツの楽しみ方だということにも気づいたそうです。
「現在のスポーツ界は、順位ばかりに注目が集まりがちです。その結果として、選手が体や心を壊してしまうこともあります。もちろん順位も大切ですが、スポーツは文化・教育・社会と融合させることで、多面的な人間性を育むことができるものだと思っています」
筑波大学の体育専門学群で学ぶなかで、よりスポーツの価値を広めるべきだと思うようにもなりました。「スポーツは、関わるすべての人を身体的にも精神的にも成長させます。未来に向け、平和やジェンダーレスなど、世界をよりよくするアイテムとして、社会にもっと浸透してほしいと思っています」
この夏はパリで開かれるスポーツの祭典に挑みます。「クライミングは選手一人ひとりの登る姿から、競技自体の面白さや人間味を感じやすい競技です。私たちが登る姿が社会とスポーツの距離を縮められる力になれるように、思いっきり楽しみたいです」