シニアントレプレナー 憧れの職業1位に
「シニアントレプレナー」が4月の調査で中高生の憧れの職業で1位に輝いた。高齢者の「シニア」と起業家を意味する「アントレプレナー」をかけた造語で、70歳以上の高齢起業家を指す。経済産業省の調べでは2030年ごろから徐々に増えはじめ、今年4月には年間3万人を超えた。日本全体の総起業数の2割に及ぶ勢いだ。
中でも「平成レトロ」をコンセプトとした商品やサービスを開発するカリスマシニアントレプレナーの活躍が目覚ましい。平成レトロは「アナログ感が新鮮」と若者から人気を得ている。激動の時代を生き抜いてきたシニアの人生が追体験できるコンテンツが「今では考えられないはちゃめちゃな展開が、どんなフィクション映画やドラマよりも面白い」と彼らに支持され、昨年は「HR(平成レトロ)」が流行語大賞を受賞した。昭和から平成時代に現役だったシニアやハイシニアの求人も増加。シニアインターン制度を導入する企業も多く、老後の資金不足問題への対策としても期待されている。
背景には、認知症治療薬の開発や再生医療の普及など医療の進化によって「健康寿命」が延び、健康状態も見た目も20年前と比べ平均で20歳近く若返っていることが挙げられる。
また、2040年卒の就職希望企業ランキングでは上位10社中4社がシニアントレプレナー経営の企業だった。インターンを経験した学生からは「百戦錬磨の70代の同僚は、経験値があるからこその思い切りのいい意思決定と失敗しても諦めない粘り強さがかっこいい。効率やコスパ重視で育ってきた僕らには新鮮で、一緒に働く中で得られるものは大きい」。シニアントレプレナーの千田恵子さん(75)は「年を重ねるほど自由になる感覚がある。いくつになっても新しいことに挑戦できる社会に希望を感じています」と語っている。
(取材協力=漫画家・文筆家・ヤマザキマリさん)
ヤマザキマリさんのインタビュー
若者に必要なのは「縦軸グローバリゼーション」への意識
空想記事「シニアントレプレナー 憧れの職業1位に」は、漫画家・随筆家のヤマザキマリさんへの取材を参考に作成しました。ヤマザキマリさんは「間違いなく言えるのは、ますます進む高齢化に適応した社会に変貌していくこと」だという。そこで、未来において高齢者、若者は社会にどう向き合い、生きるべきかを伺いました。
2040年には医療がますます進歩して、平均寿命が100歳に到達している可能性も。「今は4、50年前の年齢に7掛け、とよく言いますが、この状態が進めば体や脳の状態も、見た目も、実年齢より少なくとも20歳ぐらい若い感覚になるのでは」とヤマザキさん。こう続けます。
「高齢者自身が年をとることをポジティブにとらえ、歳を重ねることを恥じない人が増えていく気がします。いつまで働くのか、働かなきゃいけないのかという議論は置いておいて、健康で元気なシニアはますます現役にとどまるようになるか、再び戻ってくるようになるでしょう。2040年には団塊ジュニア世代がすでに高齢期に差し掛かっていることもあり、年金の財源不足など老後資金の不安が叫ばれていますが、もしシニア自身が収入を得ることができれば、そうした課題解決の糸口にもなるかもしれません。しかし、単なるお金の問題ではなく、社会の中で居場所や役割があるということは生き甲斐になるし、彼らが長年積み重ねてきた経験、人生を乗り越えてきた姿は、若い人がこれからを生きていく上での希望や励みになることもあると思うのです」
とはいえ、「正直、世代が違うと感性を共有することは難しい」とも。「私は今50代ですが、若い世代に受けているギャグがまったく笑えなかったりする。でも、今の若者は逆に昔のお笑いやギャグを評価する柔軟性を持っていたりする。その傾向が続けば、シニアが単に古臭いと否定されるだけではない世界になる可能性もあるでしょう。
たとえば音楽の世界ではすでにそういうムーブメントが起きています。ここ数年、1970年代から80年代に生まれた「シティポップ」が、日本はもちろん海外のZ世代を中心とする若者たちから人気を博しています。アイコンの一人でもある山下達郎さんは今年で70歳。「同世代のミュージシャンが欧米の音楽の影響を受けながら独自の解釈や技法を駆使し、試行錯誤を繰り返して生み出した文化、満身創痍で時代の改革に挑んできた作品だから、時空を超えて今も輝き、若い人の心にも響くのではないでしょうか」とヤマザキさん。
経験豊かなシニアが称賛される未来に
「年齢を重ねても頑張っている人、かっこいい人って、経験というレイヤーの数は増えているのに、瑞々しさの廃れない若い頃のままの感性をいまだに持っている。ポジティブもネガティブもあらゆる感覚の経験値が豊富な人は、どんな人にも受け止められる発信力を持つでしょう。今の若い人たちは失敗や悲しみが怖くて省エネで生きようとしているけど、燃費が悪くても命を謳歌して生きてきたかっこいいシニアが称賛される、そんな未来になっていたらいいなと思います」と期待を込めます。
「そもそも日本は『老い』や『古いもの』に対して消極的。経済生産性がないものは社会に必要ないという短絡的な考え方が根付いています。『楢山節考』に見られる姥捨伝説が各地に残っていることから、古来そういう文化は根強くあるのかもしれません」対してヤマザキさんが長く暮らすイタリアは、車も建物も古いものが良い、古いものを手直しして使うことが豊かだという文化で、高齢者に対してもその経験や人生を尊いと考えるといいます。
歴史を学ぶことで、未来を生きる力をつけられる
「この先、歴史に興味を持つ若者がもっと増えたら良いなと思います。歴史と常に触れていれば、人間社会の過去や歴史を知ることで、予測し得ない状況の展開にどう対応し対策するかを考える力を身につけることができ、メディアに踊らされずにすむはずです」。ヤマザキさんは自らの作品で古代と現代とのタイムスリップを描いていますが、古代ローマ人の考えや生き様には現代を生きる私たちに気づきを与えてくれると考えているからだ、と。「過去は振り返らないことが美徳のように語られますが、前向きに進む分だけ過去と向き合う勇気を持つべき」と語り、こうメッセージを送ります。
「地域や国を越えて広がる『横軸』ばかりをグローバリゼーションと考えがちですが、たとえば若者とシニアが交流したり、時代による考え方の違いをいい意味でごちゃ混ぜにしたりする『縦軸のグローバリゼーション』が未来には必要になってくるのでは。人間という生態に自負せず、この社会的生物の美徳や難点などを客観的に捉えつつ、エネルギーを出し惜しみしない生き方が推奨されていけば良いなと思います」
ヤマザキマリ
YAMAZAKI Mari- 1967年東京生まれ。漫画家、文筆家、東京造形大学客員教授。1984年に渡伊、フィレンツェ・国立アカデミア美術学院で美術史、油絵を専攻。97年から漫画家として活動。2015年、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年、イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。『テルマエ・ロマエ』などの漫画のヒット作に加え、著書も多数。