さよならGDP 指標変更へ
政府は、新たに「GDP2(国内総幸福)=gross domestic pleasure」を国の豊かさを示す主要指標に定めた。経済的な豊かさだけではなく、既存のGDP(国内総生産=gross domestic product)では測れなかった精神的な「豊かさ」も反映する。2030年代のSDGs達成により、あらためて人間として必要な幸せは何かを再考した結果、新たな指標が必要となった。「GDP2」を国の主要指標にするのは先進国では初の試み。
「GDP2」では、個人の経済活動量をベースとして、環境保全の達成度、格差の是正、余暇の拡充などの要素も加味する。一方で、環境汚染や貧困層の増加などはマイナス要素として差し引く。GDPでは算出されない環境・福祉の要因を組み込むことで、持続可能な社会を意識した指標となっている。企業活動にも影響を与えそうだ。
2020年に始まったコロナパンデミックにより人々のくらしに対する価値観は大きく変化した。環境問題や経済格差などの改善を求める市民団体「公正を考える市民会議」がZ世代を中心に支持を集め、「ボトムアップの民主主義」のムーブメントは日本各地に広がった。アクティビストと呼ばれる若者も増加。人々が求める真の「豊かさ」にあわせ、週休3日制や遊・休・働フレックスをはじめとする働き方の改善や環境保全のための政策が次々と実現。新指標「GDP2」の導入を求める声も拡大し、今回の変更につながった。
「社会はいい方向に進んでいるという実感がある」
こう語る竹下蓮さん(38)は、いわゆる「Z世代」のひとり。昨年、第1子が生まれ親になった。竹下さんは10年前から「市民営化」された森林の管理・保護を任され、地域の住民たちと保護活動に取り組んでいる。働き方の法制度も変わり、業務時間を活用して環境活動にも取り組んでいる。活動を通じ世代を超えた交流も、竹下さんにとっては魅力だ。企業による買収、民営化が進んでいた森などの環境資源、水道、病院といった公共インフラは、市民による共同管理へと変わってきている。そのほか、経済格差是正の取り組みとして、消費税や電気料金、環境負荷の大きい航空運賃などは、所得に応じて負担が増える累進制の導入が進んだ。いずれも市民の声が後押しした結果だ。
「この子たちが幸せに生きる未来のためにも、今後も自分ができる取り組みは続けていきたい」
(取材協力=経済思想家・斎藤幸平さん)
斎藤幸平さんのインタビュー
「さよならGDP」なぜ必要?コロナで見えた矛盾、変革の時
空想記事「さよならGDP 指標変更へ」は、経済思想家の斎藤幸平さん(東京大学准教授)への取材を参考に作成しました。地球環境や社会に危機をもたらす資本主義のあり方に疑問を呈する斎藤さんに、空想記事の背景にあるテーマについて話を聞きました。
「まず、未来の空想について話すには現代の問題をふまえないといけません」と話を始めた斎藤さん。「この3年間のコロナ禍で、国際的にも国内的にも極めて大きな経済格差があらわになり、拡大しています。さらに地球環境も悪化が進んでいます」と指摘。さらに「2020年代がこのまま進めば、惑星規模の危機に直面しているにもかかわらず、一部の人たちがますます豊かになり、戦争や分断がさらに拡大し、格差が広がってしまいます」と、資本主義が中心の社会の未来には悲観的な見方を示します。
それを乗り越えるため、斎藤さんは「脱成長」あるいは「脱GDP」を提唱します。 「GDPの指標は、環境を壊しても戦争でも経済指標ではプラス要素になり得ます。一方で、水や森がきれいであることはGDPの算出に入りません。GDPが増えても必ずしも人々が幸福とは言えないのです。GDPは歴史的な使命を終えています」と言います。「その代わり、環境へのインパクトや人々のウェルビーイングといった影響をはかる新たな指標を作ればよいと思います。環境にいい物を作ればプラスになり、環境を破壊すればマイナスになる。当然、企業活動にもよい影響を及ぼして社会的な転換が起きます」と将来の変革への足がかりになるとみます。実際に世界では、GDPに代わる新たな指標の研究は行われています。「幸せの国」ブータンのGNH(国民総幸福量)や、米のNGOが開発したGPI(真の進歩指標)、2012年に国連リオ+20サミットで発表されたIWI(包括的な豊かさの指標)などがあり、空想記事の指標「GDP2」のモデルになっています。
お金もうけにならないけれど、大切にすべきもの
資本主義中心の世の中で、公共サービスを民営化していく流れが強まっています。斎藤さんは「医療、教育、水道、自然、あるいはエッセンシャルワーカーといった公共性の高い人やサービスは私企業に任せるのではなく、社会全体で支えていかなければいけません。それには『お金もうけにならないけれど、大切にする』というコンセンサスを作ることが大切」とした上で、企業が商品化する「民営化」から、市民が管理していく「市民営化」に戻す必要があるとの考え方を示します。
斎藤さん自身も「コモンフォレストジャパン」という一般社団法人を設立し、活動に参加しています。メンバーの共同出資で森を買い、最終的には共有財産にしていこうという取り組みです。「第一弾として東京・八王子の『裏高尾』と呼ばれる地域を購入、みんなで管理しています。森の手入れや山菜採り、観察などで自然に触れ、私たち人間が本来持っている感性を取り戻し、共同管理のやり方を実践を通して学んでいます」。自然や動物が犠牲となる大量消費社会のあり方を変えようとする人たちは国内にも多くいて、共感の輪を広げていけるかが今後のカギ、と話します。
本気で立ち上がる「3.5%」、世界のZ世代のうねり
2040年を明るい未来とするためには、斎藤さんは、2020年代の現状を見て、今の若いZ世代、ミレニアル世代が新しい社会のために、分断や格差を乗り越え、より持続可能で公正な社会を作っていく必要があると強調します。
斎藤さんは、変革を期待できる潮流として、欧米の「ジェネレーション・レフト」を紹介します。「彼ら若い世代から、資本主義や格差、人種やジェンダーの問題に明確に声を上げる動きが広がっています。さらに米国では、2028年にZ世代とミレニアル世代が有権者の過半数を示す予測もあります。特にミレニアル世代はすでに30代になっていますが、保守化していません。今までの世代と違う傾向です。2030年代の欧米では、新しい価値観をもった人たちが社会を作っていく時代になっていることは十分あり得ます。日本の年齢構成は年配者が多く違いがありますが、欧米発の新しい価値観の影響があるのでは」
社会の変革について、斎藤さんはよく「3.5%」という数字を紹介するそうです。これは、米の政治学者エリカ・チェノウェスによる「非暴力の3.5%の人々が本気で立ち上がると、大きな変革が起きる」というもの。「私の本が『脱成長』という一見すると過激なテーマでも読まれているのは、日本でも社会を変えよう、変えたいという潜在的な欲求があるからでしょう。様々な危機が深まっていく中で、一人ひとりが『今のままではダメなんだ』と思い行動すれば、2040年への希望が見えてくると思います」と話し、「本気で立ち上がる」若者に期待を込めました。
斎藤幸平
SAITO Kohei- 1987年東京生まれ。東京大学准教授。経済思想家。米ウェズリアン大学卒業、独ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。2018年にマルクス研究の「ドイッチャー記念賞」を受賞。著書に『人新世の「資本論」』、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』、『ゼロからの「資本論」』。