未来空想新聞

2040年(令和22年)5月5日(土)

未来空想新聞

2040年(令和22年)5月5日(土)

Jリーグを日本一のプロスポーツに

ピッチの外でも、僕にできる最大限を

鈴木武蔵

 「幼少期に、肌の色の違いからいじめや差別を受けました。でも、好きなサッカーをしているときだけは嫌なことを忘れられた。僕と似たような境遇の子どもたちに、サッカーを通して少しでも楽しい時間を提供したいと思い活動をはじめました」

鈴木武蔵

 Jリーガーの鈴木武蔵さんは、かつて児童養護施設を訪れたことをきっかけに、サッカー大会MUSASHI CUPの開催やサッカー教室などで子どもたちを支援する特定非営利活動法人Hokkaido Dreamを立ち上げ、代表理事を務めています。

 サッカーを通じて子どもと触れ合うのは「僕も初心に返ることができる時間」と言います。「家庭環境や教育格差など、参加してくれる子それぞれの境遇は平等ではないかもしれない。でも僕の大会や教室では、どんな子たちにも平等に、お金で買えない経験を楽しんでほしい」。現役アスリートだからこそ活動も注目され、高い発信力で伝えられることも実感しています。

 「Jリーグが、日本で一番注目されるプロスポーツになっていれば」。2040年にはそんな思いをはせます。そのためには、選手一人ひとりの価値を上げ、地域に愛される小さな積み重ねが必要と言います。「自分でできるSDGs貢献を見つけて実行するなど、ピッチ外でも自らの価値を上げていけば、総じてそれがJリーグ全体の価値向上につながると信じています」。未来のスポーツ像については「理論では考えられないことが起こるのがスポーツ。ファンが選手の一挙手一投足に自分の人生を重ねられるという魅力は変わらないでほしい」と願います。

鈴木武蔵

 鈴木さんの原動力は「自分の価値を最大限に生かし、周囲と一緒にどう楽しんでいけるか」の思い。最近ではフードロス問題にも着目し、活動をはじめています。

 「将来的に必ず押さえておくべきなのが、農業や食の問題。特に農家では後継者不足が起きています。農業に興味のある児童養護施設の子どもたちと農家をつなぎ、将来の働き先の一つにできたらいいですね。今後も移り変わる社会の課題に目を向け、僕にできる最大限を提供したい」

鈴木武蔵 
SUZUKI Musashi

1994年ジャマイカ生まれ。ジャマイカ人の父と日本人の母を持ち2000年に群馬県に移住。桐生第一高校卒業後にアルビレックス新潟に入団。在籍時にリオデジャネイロ五輪に出場。19年に北海道コンサドーレ札幌に移籍し、日本代表に初選出。KベールスホットVA(ベルギー)を経て、22年ガンバ大阪に移籍。20年に特定非営利活動法人Hokkaido Dreamを設立、代表理事就任。社会貢献するアスリートをたたえるHEROs AWARD 2022を受賞。

子どもたちへのメッセージ

いじめられている子どもは人の気持ちが分かり、将来、幸せになるよ。今だけがすべてではない!