未来空想新聞

2040年(令和22年)5月5日(土)

未来空想新聞

2040年(令和22年)5月5日(土)

現実と仮想の滞在時間が半々に

世界課題、バーチャル連帯で乗り越える

平野啓一郎

 平野啓一郎さんは昨年の未来空想新聞のコラム「天空人語」で「居場所作り」を執筆しました。そこではメタバース内に絶滅種を再現する環境をつくり、世界中の人々と交流する中学生が描かれています。

 「バーチャル空間の一番の良さは、時間や場所、国や性別、年齢などの属性を超え、多様な人がつながり、交流できること。未来を担う子どもには、早いうちからそんな経験をしてもらいたい」

 環境、安全保障、教育の格差など課題だらけの現代社会。時間や場所が制限された世界では、「発想にも限界がある」と平野さんは説きます。だからこそ、ネットを通じて世界とつながる今の若い世代に希望を見いだします。

 「テクノロジーの進化で活動フィールドは広がりました。若いときから世界とつながることで古い世代の思考から抜け出し、さまざまな課題を直視して乗り越えていってほしい」

バーチャル空間は現実と同等の価値を与えられる

平野啓一郎

 平野さんの小説『本心』の舞台も2040年代の日本です。そこでは自由死が合法化されており、主人公は亡くなった母親をAIやVRの技術で再生させます。

 今のバーチャル技術は、あまりに視覚偏重の面倒なもので、ゴーグルも重く、まだまだ課題があるとしたうえで、平野さんは「そう遠くない時期に、特定の人物と喋(しゃべ)っているような対話がAIとできるようになる」と言います。「インターネットの登場以降、本当の人間関係はリアルなもの、ネット上のコミュニケーションはリアルの代替であり不健康なものとして、序列化がなされてきました。その序列化を解体することが重要です」

 平野さんもはじめは〝フィジカルな世界が本物で、バーチャル空間は偽物〟だと思っていたそうです。「だけど、現実だけが本当と言い切れるのかというと、言い切れない。障がいや心の問題でフィジカルな世界では生きにくい人が、バーチャル空間では、もっと自由に、自分の願った通りの形で活躍できることもある。救われる人に向かって、『そんなの偽物じゃん』って言えないでしょう」

 また、平野さんはバーチャル空間が「日本人だから」「女性だから」といった、生まれながらの属性から人を解放してくれることにも期待しています。「この社会では今も、人を属性で判断する傾向が強く、それが閉塞(へいそく)感や差別につながっています。メタバースによって属性から解放されることで、良くも悪くもナショナルヒストリー(国ごとの歴史)の重要度は相対的に落ちていくでしょう。その国の歴史や文化だけでなく、10万年のタイムスケールを前提に、地球の過去や未来を考えることのほうに関心が向きつつあります。2040年代には日本人の中にも〝地球人〟や〝人類〟であることにアイデンティティーを感じる人が増えているのではないでしょうか」

人を動かす根本の原動力は、喜んでくれる人の存在

 また、AIなどテクノロジーの進化は、人間とは何か、人間らしさとは何かを私たちにつきつけると平野さんは言います。「人間が行動する根本の原動力は、それによって喜んでくれる人の存在だと思います。誰かにそっくりなAIができたとしても、その人の心の中の動きまでは再現できないでしょう。僕は、自分の仕事や行動で、その人の中に湧き上がる気持ちを感じ取りたい。自分の本が世間から評価されたり映画化されたりしたとき、〝あの人が生きていたらどれだけ喜んでくれたか〟と想像することがあります。そこに人々が喜びを感じている限り、テクノロジーが進歩しても、人間の存在は必要です」

課題だらけの社会は知性と感性でコツコツ対処

平野啓一郎

 平野さんが小説家デビューした1999年ごろは、日本社会に「これ以上頑張って何かを成し遂げる必要はない」といったシニシズム(冷笑主義)が蔓延(まんえん)し、文学界でも「偉大な小説はすでに書かれており、若い作家がやることなどない」という風潮があったそうです。

 「これから世に出て頑張ろうと思っていた僕には、それがすごく辛かったんです。けれど、『何のために』が実感できない空虚感と逆の世界に今の僕たちは生きている。世界は課題だらけで、やるべきことがたくさんある。冷静に直視する知性と感性でコツコツと対処していくしかありません。これから2040年に向けて、子どもや若者の前には大きな可能性が広がっています」

昨年掲載された平野さん執筆の天空人語「居場所作り」はこちらから >

平野啓一郎
HIRANO Keiichiro

小説家。1975年、愛知県生まれ。京都大学法学部卒。99年、在学中に文芸誌に投稿した『日蝕』で芥川賞を受賞。以後、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。美術、音楽にも造詣(ぞうけい)が深い。『葬送』『決壊』『ドーン』『マチネの終わりに』『ある男』『本心』『私とは何か「個人」から「分人」へ』、近著の『三島由紀夫論』など著書多数。

子どもたちへのメッセージ

今の社会が嫌なら無理して適応せず、「世界のほうを変えてやる」との気概で生きてほしい。